オリジナル小説 暗闇で抱きしめて-『Hold me in The Dark 』人生一睡夢 2

そんなことが続きたある日、アパートに園長先生が来て、「幸一くんはこれ以上うちには置いておけません」て親父に行ってたっけ。父は小一時間、先生の小言を聞いてからただ一言、「はい」って言ってた。
 なぜ親父のところに来たのかって?うちには母親はいなかったからなんだ。叔母の美子(よしこ)、(僕の母親の妹)が言ってたんだけど、僕の母親は僕が二歳の頃家を出て行ってしまったらしい。僕を二十三で産んだから、二十六の時のこと。よく近所のおばさんに、幸一くんはお母さんいなくて寂しくないの、と聞かれたよ。そのたび僕はちょっと顔を横に向けて淋しげな表情をつくるのさ、そして「うん」て答えると、「そう、えらいね」って頭を撫でてくれたものさ。時には涙ぐんでる人さえいた。でも、僕は内心では、なんでこいつらはこんなにバカなんだろうと思っていたよ。そりゃそうだよ、寂しいなんていう空虚感は、そもそもそれがあった時どういう充実感があったのかがわからなければ、そのギャップがわからないだろう。僕は母親の記憶は全然ないんだよ。母親がいたらどういう満足感があったのかを知らない僕に、無かった時の空虚感を聞かれてもわかるわけがないんだよ。だから、いないからといって困ってもいないし、不便でもないから「うん」と答えていただけの話しさ。淋しげな顔をするのは、そういう表情をするのをおばさんが望んでいたからだよ。そしておばさんたちは、私はこんな子に同情する私は優しい人なんです、という演出をして自分に酔っているってわけさ。というわけで僕には母親はいなかったし、いや、母がいた記憶がないんだ。そうきっとその時は抑圧されていなかったんだろうな。記憶がないことが幸せだったなんて、人生皮肉なもんさ。

 僕は小学校に上がってからも荒(すさ)んでたな。芝生に入ってはいけません、って立て札見ると入りたくなったし、トイレは綺麗に使いましょうと書いてあれば汚したし、廊下を走ってはいけませんと言われれば、全速力で走ってた。そんな僕は周りの先生やクラスの生徒からは変人だと思われていたんだけど、僕に言わせれば変わっているのはどっちなんだって言いたかったね。
 一年生の時、「なんで小学校は六年間あるの」って聞いたら、「そうなっているのよ」って先生は答えたし、なんで人間は年をとるのか、なんで生徒は先生に従順じゃなければいけないのか、なんで物を買うのにお金を払わなきゃいけないのかって聞いたら、一応教師ってことになっている中年の女性は、真っ赤な口紅で汚れた唇を尖らせて、「そんな当たり前のことは聞かないの!」ってヒステリックに僕を怒鳴ってたっけ。何が当たり前なんだか説明もできないのに教師なんかやるんじゃないよ。この中年の女性は一応女、一応先生、一応尊敬されるべき存在ってことになってるらしいけど、僕から見れば、どれもイエスとは言い難いんだよ。世の中は「そういうことになっている」と言われて、面倒くさいから仕方なく引き下がってるだけの話しさ。
 だってそうだろう、そもそも日常的な現実なんて、よくわからないけど「そういうことになっている」ものだったり、誰かが勝手にそう決めたものに過ぎないんだから。だから、現実なんて作られた現実で、一応そういうことになっている現実。絶対的な根拠なんてどこにもありはしないんだよ。なんで一年は三百六十五日なのか、なんで蕎麦屋にはコンドームが売ってないのか、心の底から納得することなんてないんだよ。常識なんてものはどこにも存在してないし、要は多くの人がそうだと支持しているだけのものに過ぎないんだ。常識の外側にいるのか、内側にいるのかなんてしょせんは数の問題なんだよ。こんなことを真顔で質問するから、僕は先生には嫌われたんだろうな。
 
 僕は花が嫌いなんだ。元々は好きだったよ、あんなに綺麗なものはないからね。形も美しいし、色があるし、なにより散ってしまう儚さがいいよね。それにひきかえ造花の味気ないこと。私は永遠に在り続けますって顔をされて花瓶に居座るのを見ると、全く興ざめしてしまう。 
 僕は、その年に起きたある事件がきっかけで、花が嫌いになったんだ。母の日を前にした日、先生が生徒たちにカーネーションをくれた。教室の端から一輪ずつ生徒の机に配って歩いていた。ところが僕の番になったら僕を飛ばして後ろの子からまた配り始めた。僕は何かの間違いだと思って先生を振り返って見たけど、先生は何事もなかったように配り続けた。そして最後の生徒に配り終わると教壇に立ってこう言ったんだ。
「みんなには赤いカーネーションを配りました。お母さんが亡くなった沖山君と柴田さんにはこのカーネーションを配ります」
 そう言って、僕と柴田ゆり子って女の子の席に白いカーネーションを置いた。僕には先生の声が悪魔に聞こえたね。僕は白いカーネーションを持つとこう言ったんだ。
「先生、僕たちはどこに行けばこの花をお母さんに渡せるんですか」ってね。
 僕は手に持った白いカーネーションの花を引きちぎると、床に投げつけたんだ。先生は口をあんぐり開けて、僕とゆり子を交互に見てたっけ。
 ちなみに、僕の母親は僕を捨てて逃げたけど、死んだわけではなかったんだ、でもそんな違いはどうでもよかった。母親の生死を赤と白で差別するようなやり方と、すべての母親に感謝をしましょうなんていう押し付けがましい考え方に腹が立つんだよ。
 そもそも「母の日」なんていうくだらない儀式は、百年以上前に、あるアメリカの女性が母親に感謝や尊敬の気持ちを伝える機会を設けようと広めていったらしいけど、いい加減にしてもらいたいね。一体全体、母親がすべて素晴らしい存在だなんて誰が決めたんだよ。この世界のすべての母親が子供に聖人君子のような振る舞いをしている、っていう鼻持ちならない傲慢さに怒りを覚えるんだよね。それからカーネーションだけじゃなく、見る花見る花が嫌いになってしまったんだ。だからいまだに街の花屋を見ると無性に引きちぎりたくなるんだよ。




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