オリジナル小説 暗闇で抱きしめて-『Hold me in The Dark 』人生一睡夢 4

そんな僕と拓也がちょっとした事件を起こしたのは、二年生になった夏休みだった。暑い日差しを避けて公園の木の下で拝借したアイスクリームを食べていた時だった。
「どっか行きたいね」って拓也が突然僕に言い出した。
「どこかって?」
「遠いところ」
 拓也は僕より少し背が高くて、顔は整っていた。細くて高い鼻と何よりも目が大きかった。眉が太くなければ女の子のように綺麗な顔だった。僕はといえば、まん丸い顔にまん丸い鼻、目は細くはないけどこれもまん丸だった。だからいつもその細い体と端正な顔に見とれていたもんだ。
 その時の拓也は寝転んで両手を組んで腕枕にして空を見ていた。大きくて澄んだ目がとっても輝いて見えて、女の子よりも可愛らしいって思ったもんさ。
 僕は、「遠いところって?」って言いながら拓也の顔を覗き込んだ。
「どこでもいいんだけど、電車に乗ってみたいな」
「電車か」
 僕はそう言うと体を起こして、両手で膝を組んだ。
 はたからみたらまったくの子供なんだけど、自分たちではそこまで子供だとは思っていなかったんだ。食べ物は自由に、って言っても人の目を盗んでもらうんだけど、手に入れていたし、どこにでも行けるって本当に考えていたからね。
 僕が、「いいね」って言うと拓也も体を起こした。そして駅に向かって走り出したんだ。公園から僕たちの住む勝浦駅までは歩いても二十分足らずだったから、すぐに駅に着いた。改札まで行くと二人で立ち止まってしまった。そう、切符を買うお金なんて持ってなかったからね。拓也が困ったような顔をして僕を見ていたな。二人はしばらく改札から離れたところに立っていた。それから、僕は拓也に見てろよって目配せすると、顔をして改札を涼しい顔で抜けていったんだ。そう、駅員がいないことを確認したんだ。拓也は舌をペロンと出して唇を舐めると僕と同じようにした。
 僕と拓也は総武線の上り電車に乗ると席には座らずにドアの前に立った。電車という乗り物に初めて乗った僕らは、ドアの向こうに移ってくる景色をひたすら見ていた。高架線の上から見る街の景色が、いつも見ている平面な景色とは違って立体に見えた。僕は拓也が座ろうよって言うまでそうしていた。周りには行楽に行く親子連れや部活に行く高校生がいたけど、僕たちには目もくれずに話しをしてたな。僕は大人の世界に飛び込んでほんの小さな冒険を成し遂げた満足感に浸っていた。

 僕と拓也の乗った電車は快速電車だった。目的もなく乗っていたのに時間は本当に早くすぎていった。クーラーの効いた広い部屋のような電車の中は、その時の僕たちにとっては異空間だったんだと思う。電車は一時間もすると終点の上総一ノ宮って駅に着いた。それからどうしていいかわからなかったけど、改札口に向かってぞろぞろと歩いていく大人たちの後ろに着いていったんだ。その時は降りる時に改札を通らなければならないことなんてすっかり忘れていた。知らない街に来た興奮とちょっぴりあった不安とが入り混じっていたと思う。 
 僕たちは自動改札の前まで来ると立ち止まってしまった。そう、切符を持っていなかったからね。拓也の顔を見ると電車の中とはまるで違った不安そうな顔になっていた。きっと僕も同じような顔をしていたんだろうな。
「どうしたの」
 僕と拓也がしばらく動かなかった、いや動けなかったのを見て駅員が声をかけてきた。三十くらいの背の高い男の人だった。
「切符をなくして……」
 とっさに出てきた言葉がこれだった。同時に寂しげに下を向くのも忘れなかった。
「二人とも?」
「そう」
 僕は拓也が変なことを言い出してしまう前に駅員に答えたんだ。
「そりゃ困ったな」
 駅員はそういうと僕にどこから乗ったかを尋ねた。僕が勝浦駅からと答えると事務室に入っていった。誰かと相談する声が聞こえてきた。きっと叱られるんだろうなぁと、ぼんやり考えていた。しばらくすると、駅員が出てきて
「じゃ今回はいいから、今度はちゃんと無くさないようにするんだよ」と僕の頭を撫でた。
 僕は、どうもありがとうと言うと丁寧にお辞儀をした。それから駅員はどこまでいくのかと聞いてきたので、おばあちゃんち、と駅からまっすぐ続いている道路の方向を指差した。
「そうか、気をつけてな」
 駅員はそう言うと事務室に戻っていった。




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