武士の理(ことわ)り

1.

良く晴れた夏の日だった。尾崎隼之助(はやのすけ)はぬれ縁に寝そべると、組んだ両手を枕代わりにして空を見ていた。遠くから聞こえていた蝉の声が、波のようにゆっくりと寄せ返しを繰り返しながら近づいてきた。初夏の風はぬれ縁の外に投げ出した足をくすぐると、体全体を舐めていった。あたりが蝉の声に包まれても、隼之助は動こうとはしなかった。

どのくらいそうしていただろうか。長徳寺の鐘が捨て鐘を三つ鳴らしたあと、九つ鳴って午の刻を知らせた。

「兄さん仮寝していたの?」

妹のお邦(くに)の声が聞こえると、隼之助はゆっくりと体を起こし、気だるそうに声のある方に体をねじった。

「もう九つよ」

「ああ、わかってるよ」

鐘の音は聞こえていたと言うように、隼之助は長徳寺のある方に目をやった。

「うどんをこしらえるから」

お邦は丸い目を隼之助に向けた。父からは母親に良く似た目だと言われたが、その母とは早くに死別して覚えてはいなかった。

「そうか。でも、今日は龍源寺に出かけるからうどんはいらないよ」

「また行くのですか」

お邦は呆れたように言うと、昨日も行ったのに、とつぶやいた。

「進之氶(しんのじょう)殿と食べてくれ」

義弟に〝どの〟と敬語を使うのは妹夫婦の家に居候している後ろめたさもあったが、今は十人扶持の下級武士の隼之助にとって、百石取りの進之氶に対する礼儀だと思ったからだった。どのは止めてほしいと進之氶は懇願したが、聞こうとはしなかった。

「進之氶さまは登城しております」

そう言ったあと、お邦は、はっとしたような顔をして少し下を向いた。下級武士の隼之助は滅多に登城の機会はなかったからだった。

「気を使わんでもいい」

隼之助は立ち上がると、ぬれ縁をずかずかと歩いて自分の部屋に入った。打刀(うちがたな)と脇差を片手で取ると、器用に帯の下に通した。

「行ってくる」

ぶっきらぼうにそう言うと、隼之助は台所を通って土間玄関から出て行った。

お邦は古い着流しを着た兄の後ろ姿を見送りながら、四年前、兄が家に引っ越して来た時のことを思い出していた。

 

2.

忍(おし)藩は江戸から北に十五里ほど離れた関東平野の一角にあった。隼之助がその忍藩(おしはん)に来たのは二十三の時、今から十年も前のことだった。江戸詰めの庄内藩士、浅井勝右衛(あさいしょうえ)の子に生まれたが、二男であったために、忍藩士尾崎家に養子に出された。尾崎家は馬廻役で百石の身分の中級武士であり、隼之助は尾崎家の娘の「なみ」と結婚しその家督を継いだ。

妹のお邦は二十歳の時、隼之助が忍藩に来てすぐに兄の後を追うように、同じ忍藩の酒井進之氶に嫁いできたのだった。進之氶はお邦の一つ年上だった。

お邦が二十六になった冬に事件は起こった。その日、忍城に登城した夫の進之氶が急ぎ足で帰宅し、慌ただしく草履を脱ぐとそのまま中の間を通り座敷に上がっていった。

ただならぬ気配にお邦もあとを追って座敷にあがった。着物の袖に手を入れて刀を受け取ろうとしたが、進之氶は裃の腰に差した刀を抜こうともしなかった。

「義兄上(あにうえ)が大変なことになった」

進之氶は座敷の真ん中で仁王立ちしたままお邦を見た。

「義兄上が上書(じょうしょ)した」

御目付(おめつけ)の進之氶には誰よりも先にその知らせが入ってきた。

「じょうしょ」

そう言いながら、お邦は兄、隼之助の顔を思い浮かべた。切れ長で細い目がお邦を見ていた。隼之助はいつも優しい目をしていた。

「そうだ」

そう言うと、思い出したように二本差しをお邦に渡した。お邦はそれを押し頂いた。

「どうなるのでしょうか」

お邦は刀を持ったまま夫の顔を見た。

「詳しくはまだ分からぬが、どうも藩政を論じたらしいのだ」

「藩政を論じたら悪いのでしょうか」

お邦は進之氶を問い詰めるように見た。

「論じても良い。しかしその内容による」

「内容とはなんでしょう」

「くわしくは分からぬが、藩政を非難するような内容だったらしい。察するに」

そう言いかけると、裃のまま座敷に腰を下ろした。あぐらをかいたまま、しばらく腕組みをしてから、また思い出したように立ち上がった。

お邦は裃を脱ぐ手伝いをしながら、夫の言葉を待った。進之氶は着流しに着替えると襖を開けて茶の間に移った。囲炉裏の前に座るとお邦に茶を煎れるよう頼んだ。

「朝廷を尊び夷狄(いてき)を討つべしというような内容だったのでは」

お邦は正座したまま進之氶の顔を見た。夫の顔から赤味が失せて、丸い目をしきりに瞬かせていた。

「義兄上は水戸学に影響を受けたのだと思われるが、水戸藩と違い我が藩は昔から徳川家にゆかりの深い譜代の藩、倒幕を決起するような内容が危険分子と見られたのだと思う」

進之氶はお邦のいれた茶をすすると、深くため息をついた。

「兄は死罪になるのでしょうか」

お邦は死という言葉を発すると恐怖を感じて、両膝に置いた手を強く握った。

「そこまでにはなるまいが」

進之氶の湯のみから出ていた湯気はとうに消えてしまっていた。

 

3.
隼之助に沙汰が出たのは、上書してから三ヶ月後のことだった。

 〝藩政批判の儀有之趣不埒の至に付、逼塞(ひっそく)被仰付候〟

 隼之助から進之氶あてに届いた手紙には、逼塞を申し付けられたとだけ書いてあった。しかし御目付の進之氶には沙汰の内容は逼塞だけでなく、減俸もあることがわかっていた。隼之助は馬廻り役知行取り百石の身分から、わずか十人扶持に格下げされたのだった。

 知行取り百石の身分は今の価値にして約七百万円、そこから百姓の取り分三割を引いても約五百万円。十人扶持は約百万円、年収換算で五分の一に減らされてしまったのだ。

 義父の怒りは相当のものだった。逼塞が明けると、隼之助は妻のなみと離縁させられ、三歳になる息子の清一郎も尾崎家に引き取られた。婿養子の身分で離縁といえば、当然に家を出されるのは隼之助の方だった。

4.
当時、武士の住まいは個人の持家ではなく藩からの拝領、つまり借家だった。身分に応じて藩が住まいの規模や部屋数を決めていた。百石取りから十人扶持に禄が下がれば、当然に住まいもそれ相当のところに変わらなければならない。しかし、罰を受けた隼之助は藩から家を拝領することはできなかった。行くあてはお邦夫婦のところしかなかった。

5.
なみと離縁した隼之助は家を出た。忍藩の城下町は半里(二キロ)四方である。西側にある隼之助の家から堀を挟んだ反対側に進之氶とお邦の住む家があった。堀を渡ることはできないため、一旦南に下りそこから堀沿いに北に進むことになる。その道のりを隼之助はとぼとぼと歩いた。刀と小さな風呂敷包みが今の隼之助の全財産だった。

6.
堀を右手に見ながら北に進むと善栄寺が右手に見えた。寺とは名ばかりでさながらお堂のような小さな建物だった。藁葺きの屋根には苔が残り、石畳は土に覆われていた。
 隼之助は本堂の前で手を合わせると、階段に腰を下ろした。視線の先に夏雲が縦長に広がっていた。刺すような日差しが顔に照りつけ隼之助の額から汗を噴き出させても、それを拭おうともしなかった。お邦の家まではあと少しなのに二の足を踏んでいた。ここにいたとて拉致はあかない、わかっていたがどうしても歩を進める気にはなれなかった。

7.
やがて一匹の油蝉が桜の木に止まると生を訴えるように鳴きだした。激しい鳴き声は小さな寺の境内中に広がっていった。隼之助は蝉の声に、ゆっくりと顔を上げると呟いた。
 惠蛄、春秋(けいこ、しゅんじゅう)を知らず、か。
 隼之助は裾をはらいながらゆっくりと立ち上がった。やがて見覚えのある茅葺き屋根の家の前で足を止めた。三尺(さんじゃく)ほどの高さの板塀(いたべい)に丸木の門、お邦夫婦の住む家だった。

8.
門の手前で一呼吸して、意を決したように門をくぐった。框(かまち)をまたいで土間玄関まで入ると、「ごめん」と一声出した。
 はい、と茶の間からお邦の返事が聞こえると、お邦夫婦が姿を現した。
「お待ち申し上げておりました」
 進之氶とお邦は隼之助の姿を見ると、板の間に正座して頭を下げた。
「お世話になりもうす」隼之助は土間に立ったまま頭を深々と頭を下げた。
 良いころ合いに進之氶が頭を上げたが、隼之助はまだ頭を下げたままだった。
「義兄上、頭をお上げください」
 進之氶が言葉をかけても、隼之助はまだ頭を下げたままだった。進之氶がお邦に目配せすると、お邦は土間に裸足のまま降りて兄に右腕をつかんだ。
「兄上、お疲れでしょう。さあさ、上がってください」
 お邦は板の間に隼之助を座らせると、草鞋を脱がせて足を拭いた。

(続く)